会長就任に当って

陸士58期生 前参議院議員
板垣 正

 この度、「興亜観音を守る会」の田中正明会長には、満九十二歳を迎え、ご高齢と健康上の事由により、会長職をご勇退されることになりました。
 田中会長は、戦後、松井石根大将のご意思を体し、国家の大義を明らかにするため献身され、また興亜観音の大黒柱として貢献して来られました。
 偉大なご功績を讃え、さらなるご長命を祈念申し上げます。
 ところで、後任の会長について、まさに図らずも不肖板垣に対して、就任のご要請を頂きました。
 私自身は、もとより浅学非才で、到底その重責にこたえ得る器ではありません。
 しかし、重ねて条理を尽くしたご熱意に接し、不敏をかえり見ず、お引き受けすることを決意した次第であります。
 興亜観音が、松井大将の発願により、昭和15(1940)年2月、熱海・伊豆山に健立以来、まさに六十三年を経ました。
 この歳月が、わが国にもたらした変革の重さを思うとき、今、変わることの無い、興亜観音像の慈眼を仰ぎ、興亜の霊場と化した山上に、まさに奇蹟を見出すに違いありません。
 しかし、それは決して奇蹟ではありません。
 世に稀なる美しい人間の心と行為によって、守り抜かれ、築かれてきた成果であります。
 松井大将の「後を頼む」の一言を守り、最も過酷な時代を支えた伊丹忍礼、妙真ご夫妻の献身は、そのお姿に接した私自身の記憶に刻まれています。
 そして、いま伊丹三姉妹の奉仕に受け継がれています。
 その努力も極限に達し、物心両面で存亡の危機に瀕した平成六年、窮状を見かねた有志相諮り、設立されたのが「興亜観音を守る会」です。
 「興亜観音を守る会」結成九年、ご承知の如くその活躍は誠に目覚しいものがあります。
 興亜観音維持の基礎を概ね造成し得たと言われています。
 しかし、「興亜観音を守る会」は、同時に、深刻な転機を迎えています。
 その推進的役割を果たしてきたと言われる陸士五十八期世代も、すでに老境に達しています。
 運営委員会として大活躍の松吉基順君に逝き、本年一月には信望厚い丹羽肇君を失いました。
 あと二、三年で世代交代と、新しい会員の基盤を創り上げることが至上の命題とされています。
 私自身五十八期生の一人として、格別のご縁故をいただいて参りましたが、この度、田中会長のご勇退を受け、会長の重責を引き受けましたのも、同志相携えて、最後のご奉公に微力を捧げることが、自らの使命かと存ずる故であります。
 至りませんが、何卒会員の皆様のお力添えと忌憚の無いご叱正をお願い申し上げます。
 興亜観音の意義については、また機会を得て、愚見を申し述べさせていただき度いと存じますが、松井大将の「興亜観音縁起」の次の言葉こそ原点と存じます。

 「この功徳を以って怨親平等に回向し、諸人と倶に彼の観音力を念じ、東亜の大光明を仰がん事を祈る」

 「東亜の大光明」はなお中道にあります。
 「興亜観音」を守る意義を思い、その輪の拡がりを期待する次第です。


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