第1期工事ステージ改修完了
本堂前及び休憩室棟前の両ステージ

会員の皆々並びに心ある多くの方々の御芳志により、興亜観音本堂前並びに休憩室前の両ステージの改修工事がこの程完了致しました。

徳富太三郎

 平成8(1996)年夏から10年1月にかけて調査、見積り、設計変更、再見積り、再々見積りと作業を重ねて参りました。
 しかし結局はご協賛資金の状況を考え合せて見積もりに参加して頂いた建設会社4社すべてに、高額を理由に辞退して頂き、直営で施工致しました。
 当初は鉄骨など資材搬入のために、進入路の拡幅、駐車場の設置、スロープカーなどを計画しておりましたが、これらは第2期以降の工事に変更し、今回はステージ改修のみに限定して第1期工事として施工致しました。
 鉄骨などの資材搬入は現状の参道を利用して可能であるとし、この工事を直営で施工することを提案し、実費による奉仕団を編成、工事の推進者となったのは、当会会員で、協和土木(株)社長の三橋朝生氏です。
 同氏は、「興亜観音を守る会」の意気に感じ、敢(あ)えて実行して下さいました。
 又三橋氏の意気に感じて現場を預(あずか)り、自ら先頭に立って「人の3倍は働く」と云う決意の下に、文字通り挺身して働いて下さったのは、元プロボクサーの偉丈夫、早川靖彦氏です。
 鉄骨工事は、これ亦(また)興亜観音の意義をよく理解して、奉仕的に施工して下さった鉄骨工事専門の橘田(きつた)建設工業の方々です。
 工事は、5月18日例祭の法要に引き続き行われた青井秀山師による工事安全祈願から始まり、翌19日から旧ステージ解体に取りかかり、5月一杯で解体はほぼ終わりました。
 コンクリート床を支えていた材木の腐朽度は、外部から視察したよりも大変はげしいものでした。
 昨平成9(1997)年5月例祭の直前に、パイプサポートで緊急補強して事故を未然に防止しましたが、これが正しい判断であった事が首肯(しゅこう)されました。
 伊豆山バス停至近の身代り不動尊の駐車場の一部を工事用に借り受け、鉄骨は其処に一時集積し、6月1日から搬入作戦を開始致しました。
 集積場から小松製作所入口階段前迄は、他人所有の道路を傷つけない為に軽トラックを使用し、其処から現場迄は、急峻な狭路を小型キャリー、ウインチ、橇(そり)等を使用して、この重量物の搬入作業に取り組みました。
 降雨、炎暑、泥濘、蚊、蛇等と闘いながらの大変な作業でしたが、6月中旬には大半を搬入することが出来ました。
 鉄骨の建方は6月15日から始まりました。
 本堂前のステージに建てられている休憩室棟、本堂の西下方の休憩室棟、共に重い木造建築物でありますが、之等を現状のまま保持し乍(なが)らの工事は極めて難しい作業でした。
 又鉄骨柱の長さが夫々異る等、施工上甚だやりにくい点がありましたが、やる気充分の熟練した鉄骨工は、手際良くそれらを処理して、工事は概ね順調に進展致しました。
 解体した廃木材は、腐食がはげしく再利用の見込みがありませんので廃棄処分に致しました。
 処分場は、最寄の熱海市営処理場では、施設の老朽化を理由に断られ、伊東市にある私設の佐々木工業迄運搬いたしました。
 ステージ解体、材木の搬入、搬出、足代架拂、塗装工事、コンクリート工事、参道の補修、跡片付け等、鉄骨工事以外は総て早川氏の率いる実費奉仕団が施工致しました。
 7月末には、トラブルも無く、ほぼ完成致しました。
 8月18日、宗教法人関係者、工事関係者と、当会運営委員が出席して竣工式が行われ、興亜観音より工事関係者に感謝状が贈呈されました。

   *    *    *

 第1期工事完了に当り、改修資金を提供して下さいました方々の御芳志に、改めて心から感謝致し、あつく御礼申し上げます。
 又、見積金額が高いので、一時は極めて悲観的でありましたが、天未だ我等を見棄て給はず、意気に感じた善意にして優良なる工事人の方々に邂逅(かいこう)し得た事は、本当に尊い宿縁でありましょうか。
 (1級建築士/陸士58期 本会理事)

ステージ床板設置 ステージ解体
完成 休憩室前ステージ 鉄骨搬入
完成 本堂前ステージ 鉄骨組立
第1期工事について補足
 ステージ改修の報告は、徳富さんの筆によるものですから、ご自分のことには一切触れておられません。
 この工事が三橋さん、早川さん、橘田さんたちの熱誠のお働きによって完成したことは、ご報告の通りですが、徳富さんなくしては、この工事は成り立ち得なかったと思います。
 工事のための構造設計、施工図などは全て一級建築士・徳富太三郎さんの手によるものであり、更により良き設計をと、何度も何度も図面を引き直されました。
 また再三に亘って見積もりを出して頂いた業者に対し、最終的には発注をお断りするという難しい折衝も、徳富さんの誠意と努力によって、円満に解決致しました。
 工事が開始されてからは、降雨、酷暑にもめげず、週に2度、少なくとも週に1度は逗子から伊豆山の現場に赴き、工事の管理、指導に当てられたのも徳富さんです。
 これらは全て無償の奉仕でした。
 尚、伊丹三姉妹が工事の安全を祈願し、毎日観音様にお祈りされておられたことも、併せて記します。
 (本会理事長 大和瀬克司)

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