歴史認識は変化しつつある

杏林大学教授 田久保 忠衛

 ジャーナリズムの世界に30年近く生活していた私が大学で学生諸君と接するようになってから早くも15年が経過した。
 なるほど中学、高校ではこんなことを教えているのかと思って当初は愕然(がくぜん)としたものだが、ここ数年来日本の近・現代史について正確な解釈を求めたいとの意欲を持つ若者が増えてきたように思われる。
 中国など外国人留学生が強い主張をするので、それに刺激されているのかもしれないが、とにかくまことに喜ばしいことだと思っている。
 私のゼミナールには留学生が中国から2人、台湾から1人、マレーシアから1人それぞれいる。
 みな勉強熱心な学生だが、こと「歴史認識」になると自国の主張を押し出し、ときには感情的に戦前の日本を非難する。
 ところが、日本人学生が実に冷静に反論しているのである。
 それには相当の猛勉強をしているらしいのだ。
 面白いことに日本人学生が正確な裏付けのある主張をすると外国人留学生は「初めて耳にした議論だ」といった表情で真剣にそれを理解しようとする。
 ゼミでは日本が何故第二次世界大戦に巻き込まれるような形で大東亜戦争に突入したのかを最大のテーマに、関連の書物を多読し、毎週必ず感想文を提出させている。
 留学生全員が深い感銘を受け、同時に知的好奇心を強くそそられたと思われるのは名越二荒之助氏の「日韓二〇〇〇年の真実」と瀬島龍三氏の「大東亜戦争の実相」であった。
 自慢話めいて恐縮だが「こんなに面白いゼミに入れてよかった」と述べて述べているゼミ生の発言はまんざら私に対するお世辞ばかりではないように感じている。
 昨年の秋に私は「新しい歴史教科書を作る会」(会長=西尾幹二電気通信大学教授)のシンポジウムに初めて出席して目を見張った。
 討論者の中に若い人たちの間で人気の高い漫画家の小林よしのり氏が参加していたことが主な原因と考えられるが、20歳台、30歳台のいわゆるヤングが2千円の切符を買って押しかけ、会場は大入り満員になったのである。
 当日売りがあると思ってやってきた若者が会場に入れずにぶつぶつ不平を言って帰って行く現場を目撃して本当に驚いた。
 更に、討論が終わって楽屋裏に引き上げた途端、私の勤務する大学の学生10名ほどが訪ねてきたのにもびっくりした。
 小林よしのり氏の「戦争論」は軽く50万部を突破するほど売れ、日本の防衛政策上の不備を浮き彫りにした麻生幾氏の「宣戦布告」も相当な売れ行きだったと聞く。
 出版社の話によると、昨年夏に北朝鮮が日本の上空にテポドン・ミサイルを発射して以来、安全保障関係の書物が売れるようになってきたそうだ。
 テポドン発射以前の昨年2月に発生したインドネシア危機の際、邦人脱出に備えて自衛隊の輸送機C-130がシンガポールで待機したが「自衛隊の海外派兵は許さぬ」と数年前に牛歩戦術を国会で繰り広げた政党はどこへ行ってしまったのか。
 時代はゆっくりとであるが変化している。
 支那事変の真っ最中の昭和15(1940)年2月、松井石根大将によって日中両軍の戦没者を慰霊供養するために建立された興亜観音を知る人が国内では少なく、海外では稀(まれ)という事態は異常である。
 日本人の精神を紹介する美談として小・中学校の教科書に書かれ、世界に広められる時代が必ず到来すると私は信じている。


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