東宝文化映画部製作
戦線後方記録映画『南京』

このビデオの画像は映画「上海」です


 このビデオは株式会社 日本映画新社が発売を行っている戦記映画復刻版シリーズNo21「南京」として平成8年に復刻販売されていました。
 フィルムは北京の軍関係者から日本映画社が買い取り復刻されたものです。(上写真のビデオは「上海」)
 
 この記録映画「南京」は1938(昭和13)年、東宝映画の文化映画部(のちに日本映画社に併合)が製作。
 戦後日本映画新社の社長を務められた故白井茂さんが撮影し、劇場で長編記録映画として上映されたが、1945(昭和20)年3月10日、東京大空襲でフィルムが焼失。
 
 当時の資料では、オリジナルは8巻、約71分前後だが復刻映像化された映像は58分29秒。
 「北京」「上海」と並んで記録映画3部作として非常に有名な作品である。
 
 今では決して見る事が出来ない中国、南京の風景や風俗を伝えており、貴重なフィルムと言えよう。
 解説には

 
「1937 年―昭和12年12月13日、日本軍は蒋介石軍の激しい抵抗を制してついに南京を占領した。激戦の跡も生々しい南京の城壁、城門、日本軍の入城、中国軍捕 虜たちのうつろな表情、寒風吹き荒ぶ故宮飛行場における日本軍戦死者の慰霊祭、荒廃した市内と占領下の市民の生活、つかの間の休息を得て再び前線に向かう 日本軍兵士の行軍などをカメラはリアルにとらえ、戦争の勝者と敗者のへだたりを超えた悲哀を写しだしていく。完成から半世紀以上を経た1995年―平成7 年中国で発見された貴重な戦争記録映画の復刻版である。」

 このビデオの映像には中国軍(国民党軍)の焼き払い作戦(空室清野作戦)後の入城で日本軍の爆弾による火災ではない事や(爆弾で火災が起こったなら中心部にクレーターが出来ている)等、入城式に出ている日本兵の人数。下関(シャーカン)悒江(ゆうこう)門の陥落時の状態が理解できる。
 安全区内の便衣兵摘出のため良民証を交付している場面や、雪の日(12月28日、あの崇善堂が6468体埋葬した日)の状態、1月3日の鼓楼前での旗行 列などの証言を裏付けます。(HP制作者は膨大な資料を見た後それでもピンとこなかったがこのビデオを見てようやく理解出来た)

 日本人看護婦が存在しているというのも重要な点です。
 カメラを撮影している人も意外に多く、かなりの人がカメラを持っていた様子がうかがえます。

 故・田中正明先生は把江門から飛び降りた支那兵が数多く圧死したと言われますが私はこのビデオの映像を見て、案外先生の推定より少ないのではないかと見ています。
 まず、とにかく最初は資料を読んでその後、このビデオを見る事をお薦めします。
 
 当時の南京の映像はこの他にはパラマウント・ニュース映画社が撮影しています。ですが、死体は数えるほどしかありません。それら以外はすべてヤラセ映像のつぎはぎです。「中国の怒吼」と「バトルオブチャイナ」の反日・侮日映画のミックスのバッタものですね。
 蛇足でしたね。ちなみに、紹介した当時の南京ドキュメントビデオは当ホームページにて販売を行っています。着払いで3530円(送料別)リンク先にて注文方法を受けています。

 なお、平成26(2014)年に不足していた8巻中の1巻(約10分)を当方(松尾一郎)が発見しました。
 
 注文の詳細についてのページへ
 

 1997(平成9)年12月13日、産経新聞「遮断機」より “南京大虐殺”の幻影
 
 本日、12月13日は支那事変で南京が陥落して満60年という節目の日。
 先般、南京戦当時、外国人が作った安全区国際委員会を務めたドイツ人、ジョン・ラーベの日記「南京の真実」が出版されて話題を呼んだが、中村粲、板倉由明氏ら“南京ウオッチャー”から早速手厳しい批判を受けた。
 
 翻訳上の問題もないわけではなさそうなので、最終的な評価はドイツ語原書に対するきちんとした検証をまたねばなるまいが、一方、12月10日付「ニュー ズウィーク」(日本版)は、“南京大虐殺”を「再検証」したという中国系アメリカ人の新著の抜粋を紹介する「南京で何があったか」なる記事を掲載した。
 
 頭から「犠牲者の総数26万〜35万」ときめつけ、その真実性が裁判で真っ向から否定された東史郎ら元兵士の“告発”の証言を無批判に引用しているのだから、その独断ぶりは推して知るべし、というところ。
 さて、ここにほとんど知られていない映像資料がある。昭和13年に東宝文化映画部が製作した記録映画「南京」――それは陥落直後から数週間にわたる南京の状況をリアルにとらえたフィルムで、驚くようなシーンがいくつも出てくる。
 
 鬼よりも怖いはずの「南京憲兵分隊」の前を平気で歩く住民、かたわらを日本軍兵士が通っても、素知らぬ顔で正月を祝う爆竹に興じる子供たち等々・・・。 とりわけ、目を見張ったのが「鑑札を持っておれば日本軍の保護を受けることができる」という「急告」を見て、何百人とも何千人とも分からぬおびただしい数 の民衆が鑑札を求めて殺到している場面だ。

 もしも、鎌倉市程度の広さの市内で、わずか6週間の間に20万、30万もの人々を殺戮していたというのなら、こ んな現象は到底起こり得まい。
 反日宣伝映画「バトル・オブ・チャイナ」の“虐殺シーン”は長崎原爆資料館問題で化けの皮が剥がれたが、むしろ素性のはっきりしている「南京」にもっと注目すべきではないか。

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