3、米国は日本を駆逐した結果、その問題と責任を負っただけである

 米国は、日本をアジアの攪乱(かくらん)分子、平和の敵と見なし、日本さえ駆逐すればアジアに平和が回復され、米国もまた経済利益を確保することが出来ると信じて来た。
 それゆえの戦争突入である。
 ところがケナンの指摘によれば、日本を駆逐した結果、米国はほとんど半世紀にわたって朝鮮および満州方面で日本が直面しかつ担(にな)ってきた問題と責任を負っただけであるという。
 すなわち「アジアにおける我々の過去の目標は、今日表面的にはほとんど達成されたということは皮肉な事実である。遂に日本は中国本土からも、満州および朝鮮からもまた駆逐された。これらの地域から日本を駆逐した結果は、まさに賢明にして事実的な人々が、終始我々に警告した通りの事となった。今日我々は、ほとんど半世紀にわたって朝鮮及び満州方面で日本が直面しかつ担ってきた問題と責任とを引き継いだのである。」
 ケナンがここで「過去の目標」といったのは、いかなる日本の抗弁にも耳を貸さず、米国がみずから望んで日本を戦争に追い込み、予定通り中国大陸全土から日本を追い出したことを指してするのは言うまでも無い。
 その結果、米国がこれまで批判していた日本と同様の立場に置かれることとなった戦後の状況をケナンは「皮肉な事実」と指摘しているのである。
 実はこのケナンがいう米国の逆説的な立場を、戦前に予測して警告していた1人の外交官がいた。
 ジョン・V・A・マックレーである。
 ケナンはこのマックレーが1935年に書いた覚書を「思索的で予言的な覚書」であったとして次の部分を引用している。
 すなわち「日本を抹殺(まっさつ)することが可能であるにしても、それすら極東ないしは世界にとって祝福すべき事とはならないであろう。それは単に新たな一連の緊張状態をつくり出すだけであり、日本に代わってロシア帝国の後継者としてのソビエト連邦が、東アジア制覇の競争者として立ち現れるだけであろう。」
 ケナンが本書の基になった講演を行ったのは、1950年末のことである。
 すなわち東欧および中国、朝鮮が共産化され、ことに朝鮮半島ではこの年6月には朝鮮戦争が勃発し米国軍が国連軍の名の下に9月に介入した直後である。
 従ってケナンが「予言的な覚書」としてマクマレーの文書を紹介したのは、大陸の共産化と朝鮮戦争の勃発によって現にアメリカ軍兵士が戦死している状況を明らかに踏まえている。
 従ってケナンがマクマレーの文書を引用した背景には、共産主義、ソ連の南下の防波堤として、日本が満州を保持し続けなければならない、との日本の主張になぜ米国は耳を傾けなかったのか、米国は日本の立場を理解すべきであった、そうすれば米国は共産主義と戦うために朝鮮半島で血を流す必要はなかった、との反省、判断があることは言うまでもない。
 すなわち、「アメリカの政策によって、歴史の進路が変更されるような可能性があったのであれば、我々自身と世界平和のために引き出し得るような利益を獲得するために、ほとんど何もしなかったことを認めなければならない。」
 日本は、安定を維持し、共産主義を封じるためには、力が行使されなければならない、という決断を行った。
 これを米国は非難しついには日本を戦争に追い込んだ。
 しかしながら、朝鮮戦争の場合でもベトナム戦争の場合でも、日本の戦前における決断と同じ理由づけで今度は米国自身が参戦している。
 これは歴史の皮肉と言わざるを得ない。
 それゆえ、ケナンは言う、「もしそれが他国によって引き受けられたならば、我々として軽蔑(けいべつ)したような重荷を負って、現に我々が苦痛を感じているのは、たしかに意地悪い天の配剤である。」と。


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