我軍の暴行、掠奪事件
上海附近作戦の経過に鑑み南京攻略戦開始に当り、我軍の軍紀風紀を厳粛ならしめん為め各部隊に対し再三の留意を促せしこと前記の如し。
図らさりき、我軍の南京入城に当り幾多我軍の暴行掠奪事件を惹起し、皇軍の威徳を傷くること尠少ならさるに至れるや。
是れ思ふに
一、上海上陸以来の悪戦苦闘か著く我将兵の敵愾心を強烈ならしめたること。
二、急劇迅速なる追撃戦に当り、我軍の給養其他に於ける補給の不完全なりしこと。
等に起因するも亦予始め各部隊長の監督到らさりし責を免る能はす。
因て予は南京入城翌日(十二月十七日)特に部下将校を集めて厳に之を叱責して善後の措置を要求し、犯罪者に対しては厳格なる処断の法を執るへき旨を厳命せり。
然れとも戦闘の混雑中惹起せる是等の不祥事件を尽く充分に処断し能はさりし実情は已むなきことなり。
因に本件に関し各部隊将兵中軍法会議の処断をうけたるもの将校以下数十名に達せり。
又上海上陸以来南京占領迄に於ける我軍の戦死者は実に二万千三百余名に及ひ、傷病者の総数は約五万人を越えたり。(欄外)
因に我軍南京攻略に関して予は最初先つ軍を蘇州、湖州の線に停止せしめ、隊伍の整頓と補給の進捗を図り、徐ろに正々堂々の攻撃再挙を行はん事を欲したりしか、我大本営全般の作戦計画上上海方面軍の一部を他方面に転用するの計画なりしと、敗退せる敵軍の江南地方に其隊伍の整理する遑(HP作者注・「いとま」)を与えさるを有利とする関係上遂に急劇快速を進撃を決行するに決せり。
尚本作戦間江陰附近に於ける我海軍飛行機の米国軍艦パネー号爆撃及南京上流に於ける我陸軍部隊(橋本砲兵聯隊)の英国軍艦及商船砲撃事件等を惹起せるは遺憾なりしも、こは敗退する敵軍は多く英米の艦船を利用せるもの尠からさりし事実と追撃戦斗間避く可らさる我部隊の興奮とに因り其過誤を招来するに至りたる次第にて、予は本件に対しても各部隊に対し厳重なる警告を与へたり。
又我軍の南京入城直後に於ける掠奪行為に対しては特に厳重なる調査を行ひ、努めて之を賠償返還せしむるの方を講したり。
特に英米仏其他列国官民に対する賠償に関しては我外交官憲を介して努めて友誼的に本件の善処を図れるも、戦場内にある列国人の財産生命か自然戦禍の累を受けたることは巳むなき次第と云わさるを得す。
※注・原文カタカナ
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