『昭和の聖将』
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真崎甚三郎大将 |
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荒木貞夫大将 |
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阿部信行大将 |
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本庄 繁大将 |
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大川周明博士 |
張作霖爆死事件の犯行が、日本の一将校の仕業であることが判明し、松井は激怒した。
一青年将校の浅慮の一失が、このように国策を台無しにし、帝国の運命を危うくする。
今後のみせしめのためにも、また対外的信用保持のためにも、これに厳罰を加え、皇軍の軍紀を正すべし、というのが松井の強い主張であった。
田中首相もこの松井の正論に動かされ、一時厳罰を決意し、ことの理解と帝国の立場を明確に天下に公表することを天皇に奏上(そうじょう)申し上げたのであるが、当時すでに軍部内に胚胎(はいたい)していた青年将校の「下克上(げこくじょう)」の風潮を押さえることができず、当時の軍首脳もこの風潮に妥協して、なにも自らの恥を天下にさらすことはなかろうというので、臭いものにフタをしてしまった。
したがって犯人の河本大作(こうもとだいさく)は天下にその罪を謝することなく不問のままとなった。
このことを松井は“天下紊乱の兆(てんかびんらんのちょう)”と慨嘆した。
そして、その後も松井は終始軍紀の粛正と大義名分を主張し続けたのである。
以後、青年将校らは、松井を敬遠するようになった。
急進的青年将校らが軍内に勢力を得るようになり、下克上の風潮は強まり、皇道派だ、統制派だといって派閥争い、主導権争いに浮き身をやつすようになり、ついにそれが相沢中佐の永田軍務局長斬殺という一大不祥事件に発展するにいたって、松井大将は静かに現役から身を退くのである。
松井はついに他の将軍たちのように青年将校らのかつぐみこしに乗る事を拒否し、孤高を守って、自らの使命をアジア復興、大亜細亜主義の実現に賭けたのである。
その翌年に起こったのが、2・26事件である。
“皇軍反乱”という、建軍以来の空前の不祥事件が勃発したのが、陸相、参謀総長以下陸軍首脳部は、ただ周章狼狽(しゅうしょうろうばい)するばかりで、これを鎮圧すべきか?反乱軍の意図に従うべきか?その判断さえ下し得なかった。
このとき、「卿(けい)等が討伐できねば朕がこれに当たる」とまで仰せられた天皇のご決断によって、初めて鎮圧されたのである。
このとき松井は広東に旅行中であったが、松井と同僚の真崎も荒木も阿部も責任を負って現役から身を引かざるを得なかった。
支那事変が勃発するや、松井は現役を復活せしめられ、彼の終生愛してやまない中国へ、天皇の大命を奉じて、膺懲(ようちょう)の軍を進めることになった。
そして敵首都南京を陥(おと)して、国民の負託に応えた。
しかし一部の不心得者の軍紀風紀の紊乱(びんらん・略奪・暴行)が敗戦後東京裁判で、連合国の政治宣伝に利用され、あたかも南京に20万人以上の大虐殺があったとされ、松井はその人柱に立たされた。
が、松井は兵の罪は我が責なりとして下獄し、無畏(むい)を念じていささかも動ぜず、「平常心」のまま刑に服した。
監房の壁に観世音菩薩の御影をかかげ、朝7時、夕7時、毎日その前に合掌礼拝し、終わって『般若心経』と『観音経』を読誦(どくしょう)するのを日課とした。
約3年間の入獄中1日としてこの観経は欠かすことはなかった。
その信心篤(あつ)い松井の影響が、いかに同囚の人々、ことに東條元首相、重光元外相、大川周明博士らにおよんだかについては拙著『“南京虐殺”の虚構』の中で詳しく述べている。
大川周明博士は、巣鴨の獄で松井とたまたま同じ監房に収容された。
大川博士は精神異常ということであったが、出獄後は、万人が成し得なかった『古蘭(コウラン)』のアラビア語原典からの翻訳を完成し、さらに『安楽の門』を著してその生涯を回顧している。
その中で博士は、人間としての松井将軍の真面目(しんめんぼく)にふれ、「その道骨の香ばしきに心の底から傾倒した」と述懐している。
博士は言う。
銭湯に入る人は、他人の前に肉体をさらさねばならぬ。
同様に監獄に入る人は、晩(おそ)かれ早かれ、心の衣装を脱がされる。
一緒に監獄で起臥(きが)することは、恐らく人間の真実の心を知る最上の機会である。
私は獄中で初めて将軍の精神をその赤裸々の姿に於(お)いて見た。
語黙動静(ごもくどうせい)、坐臥進退(ざがしんたい)、凡(おおよ)そ将軍のように微塵(みじん)の衒気(げんき)なく、而(しか)も挙措(きょそ)自ら節度に叶(かな)って居る人は、絶無でなくとも稀有(けう)である。
「何を以(も)って君子と知るや、交情また淡の如し」
私はこの淡如(たんじょ)という形容詞は、将軍のために出来た言葉のように思った。
私はかような風格の将軍と日夜起臥(きが)を偕(とも)にする欣(よろこ)びを、獄中で満喫しようとは夢にも想わなかった。(大川周明著『安楽の門』15ページ)
大川博士も松井大将にならって、毎朝毎夕「観音経」を読誦している間に「ある夜、豁然(かつぜん)と法悦の境地に入ることができた、私は初めて、雲霧をひらいて晴天に白日を仰ぐが如く、観音の光明を得た」と書いている。
徳富蘇峰は、富士山麓山中湖畔の別荘で、松井と相燐して住んでいた。
その蘇峰が昭和の武将を評したなかで、松井石根と今村均(ひとし)の両大将を“昭和の聖将なり”と讃(たた)えている。
今村は、部下がマヌス島で苦労している事を知り、内地服従の身を自ら志願して、マヌス刑務所に逆戻りして10年の服役を果たした将軍である。
家郷に帰って後も、家には入らず、小屋を作り、その中で囚人のごとき生活を死ぬまで送ったという。
2人に共通するものは、名利・栄達をもとめず、世の毀誉褒貶(きよほうへん)に左右されず、常に正道を踏んで、いつも高次元の目標を設定し、無私の精神で奉仕するという、宗教的、精神的な一生を貫いたことである。
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