父・忍礼　母・妙真の思い出

伊丹　妙徳、妙�b、妙浄

「乞食」の生活のなか試練を乗り越えて

母の妙真	右から妙浄、妙徳、妙�bさんら三姉妹

　合掌。先ずはこの紙面をお借り致しまして、当興亜観音維持発展につきまして、誠に絶大なるご支援、甚大なご尽力を賜っております「興亜観音を守る会」の皆様方に、謹んで深く感謝申し上げます。
　此の度私どもの父・忍礼、母・妙真のことにつきまして何か想い出をと仰せつかりました。使命とも受けとれます心意気で、英霊慰霊供養法務遂行一筋に歩んでまいりました今は亡き父母の人生を、今一度瞼（まぶた）に甦（よみがえ）らせ、面影を偲（しの）びながら最も心に浮かびますと、拙筆（せっぴつ）をお許しいただきまして申し述べさせていただきます。
　父母は、経済的基盤の成り立たない困窮（こんきゅう）の生活から私ども3人を育ててくれました。さぞ私どもにさえ知り得ない、計り知れない苦労があったことと思いますが御心ある多くの方々の御温情を一心に賜（たまわ）りながら助けられ、支えられてどうやら生かせていただきました。
　不便極まりない中で幼い私どもを抱え自給自足で何とか生きていかなければならない。その頃の生活を父はよく僧が仏法修行の為に人々に職を求めることを「乞食（こつじき）」と申しますように、「乞食」そのものの生活と申しておりました。
　戦時中の皆様方にも、それぞれ言い尽くし難いご苦労がおありになったことと思いますが、身ごもっていた当時の母は、充分な食も得られず、随分ひもじいい思いをしたと聞いております。
　落ちている蜜柑（みかん）の皮でさえも食べたい位だったと晩年の母は申しておりました。
　そのような暮らし向きの中でも、父が常々申しておりましたことは「戦地に赴（おもむ）かれた方々の苦労を思えば何の事はない。兵隊さんの苦労を思え」という言葉でした。
　「松井閣下は巣鴨にお立ちになられる際、どうかこの英霊御霊の御供養を頼むとわざわざ自ら我が家の勝手口まで出向かれ、慈愛の心、懇願の眼差しをもって尊い言葉を遺されこの興亜観音を後になされた」と父母はよくそう申しておりました。
　いや寧（むし）ろ言い伝え聞かされ育ったと申しましても過言ではないと思います。余程、閣下の言葉が心にしみ入り深い感銘を受けたのでしょう、後々までもその当時の模様は鮮明に覚えていると感慨深い面もちで話しておりました。
　父の朝夕の勤行のお題目の太鼓の響きは、当時かなり遠くまで聞こえたとみえて「お題目の太鼓で随分励まされた」と誠に有り難い話を聞くこともありました。
　生活の手だてとして父はご遺族名簿を頼りに朝早くから市内のご遺族宅に回向供養参りに出向き始めました。
　健脚の頃までは道中全てを歩き通しよく歩きました父の足でした。時には、季節の蜜柑を鞄いっぱいにお恵み頂くこともあり、お茶菓子１つ、バナナ１本でも我が家に持ち帰り、いつのまにか幼い私どもは父の鞄を「魔法の鞄」と名付け楽しみにしておりました。今でも懐かしく思い出します。
　時の移り変わりとともに「知る人ぞ知る」の興亜観音でしたが、一心をこめてはるばる外国からわざわざこの日本の興亜観音参拝にいらして下さる方もありました。
　母はそれはもう甚（はなは）だしく感動し、勿論（もちろｎ）通訳の方は付いていましたが、身振り手振りを交えて誠心誠意をもって応接に臨み、外国の方にも大変喜んで頂きました。至誠をもって尽くせば言葉は通じなくとも心は通じるものとつくづく思ったことでした。
　ある方からこのような余りにももったいない冥利に尽きる言葉をいただきました。
　「あなたのお母さんは人の心をつかんで離さない楚々とした魂たる何かを持っている。一度あったら忘れられない。下山の際の見送り太鼓は今も心に深く残っている」と。
　母は、ただただ人様と応接させていただくことが何より嬉しく、誇りに思い皆様とお会いすることで最大の生き甲斐を見い出していたに違いありません。
　念願の印度（インド）仏跡参拝にも加えさせていただき、冥土の土産話と大層喜んでおりました。花をこよなく愛し、母の想いでも新たに母丹精の都忘れの花に心を寄せて句（注）に託し、したためていただいたこともありました。何より母への供養となりました。
　日々の給仕供養をさせていただくたびに父母の難行苦行を思います。父母の人生、それは御仏のご加護の下で数々の試練をのりこえ、ただひたすらに松井閣下の遺志を守り通してきた人生ではなかったでしょうか。
　今も聞こえてきます。「頑張ったよ。何も言い遺すことはない精一杯やらせていただいた」との母の声が。
　あえて言います。「お父さんお母さん育ててくれてありがとう。今私たちも頑張っています。」　　再合掌

　（注）　　人偲ぶ都忘れやほとけぐさ　（読人知らず）

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