平成10(1998)年12月1日放送(日本ではBS-7chで12/2深夜に放送)

アイリス・チャンと斉藤邦彦駐米大使の討論


司会者、ジム・ラザー
男性司会者  「最後に謝罪を巡る日中関係について取り上げます。」
女性司会者
女性司会者  「中国の江沢民国家主席が、先週、中国の指導者として初めて日本を公式訪問しました。
 訪問の最初から両国の"過去"が問題になりました。
 中国側は日本の首相から1930年代と第2次世界大戦中の日本の行為に関して文書による謝罪を求めました。
 小渕総理は、口頭でお詫びの気持ちをあらわしましたが、文書には謝罪は含まれず"深い反省"と言う言葉が記されました。
 両国政府はこれらの相違点は小さなものとしましたが、江沢民主席は日中関係の緊密化に向けて"過去"を振り返る様に日本人に呼びかけました。
 今日は、立場の異なる2人のゲストに、お話をお伺います。」
まず、斉藤邦彦駐米日本大使、そして「レイプ・オブ・南京」の著者、アイリス・チャンさんです。
 まず大使、日本政府の立場から言って、なぜ口頭によるお詫びとなったのでしょうか。」
斉藤邦彦駐米大使
斉藤大使  「そのご質問にお答えする前に、江沢民国家主席の訪日は成功だったという事を申し上げたいと思います。
 両首脳は "友好"、"協力"、"パートナー・シップ" 関係の構築で合意しました。
 そして今回の訪日の成功と共同先賢は日中関係が、新しい発展の段階に入った事を意味していると、江沢民主席が発言されています。
 さて、ご質問の件ですが、小渕総理は韓国の大統領にも、そして江沢民国家主席にも、"深い反省の意" を表明し、謝罪した訳です。
 その方法や、伝え方は違ったかも知れませんが、実質的な内容は同じです。
 総理は、心からのお詫びを表明し謝罪したのです。」
女性司会者  「チャンさんはどうですか、深い反省とお詫びというのが韓国と中国に対して同様に示されたという事ですが。」
アイリス・チャン
アイリス・チャン  「私は、そう受け取ってはおりません。
 日本は中国に対して数週間前、文書での謝罪を約束したんです。
 中国人にとっては最終的に謝罪が明記されなかった事に、多くの驚きを覚えた訳です。
 もし中国に対する謝罪が、韓国に対するものと、同じだとおっしゃるのが本当だとすれば、なぜ文書には盛り込まれ無かったのかわかりません。」
アイリス・チャンと女性司会者
女性司会者  「なぜ、文書の形での謝罪がそんなに大切なんですか」
アイリス・チャン  「国際社会と中国に向けたシグナルとなるからです。
 日本国民は過去の精算を真摯に考えているという事の表れになるんです。
 文書での謝罪に抵抗する日本の姿勢は、日中の間にある不信感をさらにつのらせるだけです。」
女性司会者  「大使、韓国の大統領は(1998年)10月、日本を訪問して日本側は、植民地時代の日本の行為に関して、文書の形で韓国に謝罪しました。
 なぜ、中国に対してはそれが無かったんでしょうか。」
斉藤大使  「先ほども申し上げましたが、韓国と中国に対する対応に実質的な違いは無いと考えております。」
女性司会者  「つまり口頭のお詫びでも意味があると・・・」
斉藤大使  「そうです。
 また、日本政府が文書での謝罪を約束したという認識はしておりません。
 中国政府が、文書での謝罪を要求していたという認識も持っておりません。
 小渕総理が口頭で、お詫びの気持ちを伝えた際には、江沢民国家主席は総理の発言を歓迎されたと聞いております。
 この点に関して日中両政府の間に見解の相違があったとは考えておりません。」
女性司会者  「と、いうことはアメリカや、アメリカでのマスコミの報道が適切で無かったと・・・」
斉藤大使  「ま、率直に申し上げて、そうだと思います。」
女性司会  「チャンさんは、どう思われますか。」
アイリス・チャン  「中国人は、日本が一度も真摯な、そして明白な謝罪をしていないという事実に深く傷ついているんです。
 真の謝罪というのは、誰かが、あるいは政府が、無理矢理圧力に屈して、嫌々するものでは無いと思うんです。
 真の謝罪というのは、謝罪をする時に、その人間が心の中で、何を感じているのかで決まるんです。」
女性司会者  「チャンさん、日本の指導者は1972年と85年、中国に対して"反省とお詫び"を表明しました。
 それなのに、なぜ今になって、この問題が大きく取り上げられているんでしょうか。
 アジアが経済危機や環境問題など他に多くの問題を抱えている時に、なぜアメリカや中国の報道機関は、謝罪問題を大きく取り上げたのでしょうか。」
アイリス・チャン  「日本政府が韓国政府に対して謝罪を文書に明記したからだと思います。
 中国政府としては、同じ事を期待した訳です。
 ところが、江沢民主席が訪日してみると、その期待がみごとに打ち砕かれたので、大きな問題になったのではないでしょうか。
 日本は又と無い機会を失ったと思います。
 日本人と大日本帝国陸軍が、アジア全土で犯した犯罪に対する日本の改悛(かいしゅん)の念をキチンと示すチャンスだったんです。
 アメリカでは余り知られていませんが、日本の侵略行為により中国では1900万人から3500万人が抹殺されたんです。
 そして日本は、韓国やその他のアジアの国々の女性を、何十万人と従軍慰安婦として強制連行しているのです。
 こうした戦争犯罪は、極めて深い心の傷を、中国や他のアジアの国々の人の心に残しているんです。」
女性司会者  「大使、謝罪問題が、両国首脳会談で、真に大きな問題では無かったとおっしゃいますけれど、なぜ、アメリカや中国の報道機関は、それを大きく取り上げたのでしょうか。
 日本の新聞の記事翻訳文によりますと、中国政府は他の分野で、日本から譲歩を、引き出すため、あえてこの問題を、取り上げたとなっていますけれども、そうなんでしょうか。」
斉藤大使  「そうは思いません。
 まず第一に、日中両首脳の間では、これは大きな問題では無かった訳ですね。
 どうも全く誤った認識が一部にはある様です。
 日中戦争及び第2次世界大戦中の行為について、日本は謝罪していないと思われているふしが一部にあります。
 しかし、日本は様々な場で謝罪をして来ました。
 中国との国交正常化を果たした1972年の、日中共同声明にも盛り込まれています。
 また、最も包括的な形では、95年に当時の村山(富市)総理大臣が「日本はアジア諸国、特に中国の人民に多大な災難と損害を与えた」事を認め、深い反省と真摯な謝罪を表明しています。
 なぜ、中国やアジア諸国の一部の人々は、日本が責任を認識し、謝罪した事を認めようとしないのかが、私には理解出来ません。」
女性司会者  「チャンさんは、南京での残虐行為の生存者に話を聞いて、そしてそれを本に、まとめていらっしゃいますけれども、彼らは何と言っているのでしょうか。」
アイリス・チャン  「犠牲者の多くは、日本が自分達が納得できる様な、謝罪をした事が無いと考えている訳ですね。
 今なお、こうした謝罪の文言や文書に明記すべきかどうかを巡り、これだけ議論が有る事自体、日本が本当に、充分に悔い改めているのかという疑念を抱かせる訳です。」
女性司会者  「(どうすれば)充分なんでしょうか。」
アイリス・チャン  「まず第一に、日本が正直に大量虐殺等の事実を認める事です。
 そして謝罪を文書に明記し、犠牲者に対し賠償金を支払う、また戦時中の日本の侵略行為を、日本の教科書にも、キチンと取り上げる。
 そういった事ですね。」
女性司会者  「つまり、過去の事だけでは無いんですね。
 現在の日本が、それをどう教えるかにも関わって来る訳ですね。」
アイリス・チャン  「過去の教訓を、今の人達に生かして欲しいんです。
 日本が正しく謝罪をした、あるいは悔い改めたとみなされない理由の1つはこうした謝罪が自発的なものでは無い、という点にあると思うんです。
 もし、日本国民に心から詫びたいという気持ちが、本当に有るんだとしたら喜んでするでしょうし、何回でもするでしょう。
 文言を巡り、あれこれ解釈する必要も無いはずです。
 斉藤大使は、今この場で、全米に生中継されている、このテレビ番組の中で、大使ご自身が、南京での集団レイプや、その他の戦争犯罪と日本の責任について、深く反省していると、ここで謝る事が、お出来になりますか。」
女性司会者  「それは大使の役目では無い、かと思いますけれども、どう応じられますか。」
サンフランシスコとワシントンとの衛星中継
斉藤大使  「日本としては、日本軍による残虐行為や暴力行為が有った事は認めております。
 そしてこの事について、大変申し訳無く思っております。
 傷付いた方々の記憶は、なかなか癒えないものでは無いという事も理解しております。
 私個人としては、これは日本人が長い間、背負って行かなくてはならない重荷だと考えております。
 南京で何が起きたかについては、日本は不幸な出来事が有った事を認めています。
 日本軍による暴力行為が有りました。
 また、日本の学校の教科書の事ですが、私が調べた20冊ほどの教科書では、どれも南京での出来事を取り上げています。
 日本が若い世代に対し、過去を隠そうとしているというのは、これもまた全く誤った認識なんです。
 実際はむしろその逆で、戦争中に何が起きたかを積極的に若い世代に教えているんです。」
女性司会者  「チャンさん、手短にコメントをお願いします。」
アイリス・チャン  「仰った事、必ずしも正しく無いんです。」
女性司会者  「謝罪になったでしょうか。」
アイリス・チャン
アイリス・チャン  「謝罪・・・ですか、わかりません。
 あなたには謝罪に聞こえました?
 謝罪という言葉は、一度も聞け無かった様に思えますし、もし第2次世界大戦中の日本軍の行為に対し、1人の人間としてお詫びしたいと大使が仰って下さっていたら謝罪だと、受け止める事が出来たでしょう。
 そうすれば正しい方向への、素晴らしい一歩となったはずです。
 しかし、やはり"遺憾の意"、"反省"、"不幸な出来事"と言った決まり切った文言に終始された訳です。
 こういった言葉と、その曖昧な表現が中国の人たちを怒らせるんです。」
女性司会者
女性司会者  「2人共、ありがとうございました。」

1998, December 1, The NEWS HOUR with Jim Lehrer


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