プロパガンダ■テロ事件後のアメリカの対中政策ギアチェンジの裏を読め

アメリカを篭絡(ろうらく)した北京と
在米華僑情報宣伝工作の全手口

小学館「SAPIO」記事、「アメリカを篭絡した北京と在米華僑情報宣伝工作の全手口」

浜口和幸(国際政治学者)

「SAPIO」平成14(2002)年2月27日号より


  「1人の若い中国人女性」女性が書いた1冊の本が、わずかの間に米国中に「残酷な南京大虐殺」のイメージを定着させた背景には、米国中のあらゆる分野に広がる中国の宣伝戦略があった。
 そして「テロ事件」と「WTO加盟」を機に、中国は新たな情報戦を展開しようとしている。
 最新刊「アフガン暗黒回廊」でも米中関係の闇とテロ事件の関連を指摘し、また「たかられる大国・日本」ほか多くの著書で中国の宣伝力に対して警鐘を鳴らしてきた国際政治学者の浜田和幸氏が、「世界をチャイナ・カラーに染める」中国の対外戦略を明らかにする。

「ビンラディン捕獲」の鍵を握った中国

ブッシュ大統領との会談前、カルザイ議長は「北京」にいた。
ブッシュ米大統領との会談前、カルザイ議長は「北京」にいた、

 わが国の外交は混乱を極め、とうとう田中外相と野上事務次官が同時に更迭されるという前代未聞の事態を迎えた。
 これでは日本の外交の成果として世界にアピールした、アフガン復興支援会議の成果も霞んでしまうというもの。
 一方、フットワークの軽い新生アフガンのカルザイ議長(首相に相当)は、一応、ホスト役の日本に「希望をもらった」と感謝の意を表したものの、東京から北京に飛び、中国指導部との間で新たな関係強化と資金援助に関する話合いを進めた。
 日本では余り知られていないが、カルザイ議長は1980年代からCIAとアフガンの連絡役を務めてきた人物であり、またブッシュ一族とは石油ビジネスの一面でも深いパイプを持っている。
 ところでカルザイ議長の北京訪問には別の理由もあった。
 それは昨年だけで3度も中国を訪問し、上海にある軍の病院で腎臓の治療を受けていたといわれるオサマ・ビンラディンの行方を確認することに他ならなかった。
 アフガン東部トラボラの洞窟内にあったタリバンの基地から中国の関与を示す武器や資料が大量に発見されたためである。
 CIAの中にはビン・ラディンは新疆ウイグル自治区に入り、同地区周辺に匿(かくま)われているとの見方もあり、カルザイ議長とすればその真偽を確認する狙いがあったようだ。
 中国政府は「米軍がアフガン・中国の国境地帯から撤退しなければ、ビンラディン逮捕には協力しない」と述べたといわれる。
 その後カルザイ議長はワシントンのブッシュ大統領のもとを訪ねた。
 表向きはアメリカ国民に感謝の意を伝えるためと言われるが、ビンラディンに関する中国情報の提供や、中央アジアの石油や天然ガスをアフガニスタン経由のパイプラインでパキスタンまで引っ張ろうという計画を復活させるための相談であったと見られる。
 案の定、アメリカ政府はブッシュ・カルザイ会談が終わると、
「ビンラディンの病死説が流れているが、まだ生きている可能性は高い。その捕獲も近い」
 と、発表したのである。
 こうなると、アメリカの対テロ戦争やビンラディン捕獲作戦の「陰の鍵」を握るのは中国ということになる。
 真相は依然として闇の中。
 しかし、中国の巧みな情報操作が目立っているのも事実である。
 中国政府は(HP作者注・2001年)9月11日の同時多発テロに関するDVDを製作し、教育用と銘うって大量に頒布している。
 「アメリカへの攻撃」と題する作品は、江沢民国家主席の肝いりでできただけにできばえは上々である。
 ハリウッドが製作した映画「ゴジラ」からはニューヨークが破壊されるシーンを、同じく「ジョーズ」からは不気味さを煽る音楽を勝手に借用し、テロによって世界貿易センタービルが倒壊するニュース映像と無理やり一体化させた代物。
 ナレーションいわく「アメリカが攻撃され崩壊するのは自然の流れだ。なぜなら、彼らはこれまで数十年にわたって世界各地に爆弾を投下し、多数の人命を奪ってきた。当然の報いを受けているのである」。
 このビデオは中国国内にとどまらず、アメリカやヨーロッパの中国人社会で爆発的な人気を博している。
 アメリカ政府は中国政府に対して、頒布の中止を申し入れているが、一向に埒(らち)があかないようである。
 また中国政府は江沢民主席専用機をボーイングから購入したが、機内のトイレやベッドの側から盗聴器が多数発見されたということで、このところアメリカに対する不信感を露にしている。
 ところが、この盗聴器が見つかったのは昨年9月のこと。
 なぜ今になって、大きな問題として取り上げるようになったのか。
 どちらの場合も、効果的なタイミングを狙った中国流のプロパガンダの最たるものと言わざるを得ない。
 そういえば、最近、「ニューヨーク・タイムズ」紙は「ブッシュ大統領は大学を卒業した年、北京駐在の父親を訪ねたが、その際、中国人女性と親しくなった。そのことを中国側は忘れていない」とスキャンダルをほのめかすような記事を載せた。
 情報源は中国の公安筋のようであるが、どこかの国の元首相のケースとよく似ている。
 中国の常套手段である。

新旧の中国ロビーがアメリカを掌握する

 

中国のWTO加盟は諸刃の剣だ
中国のWTO 加盟は諸刃の刃だ

いずれにせよ、ブッシュ大統領は2月21日から中国を訪問する。
 その前哨戦ということであろうか。
 これ以外にも、中国は対米関係において戦略的な動きを強化している。
 中国国内はもとよりアメリカ国内でも、交渉を有利に進めるためのロビー活動やプロパガンダに一段と力が入っている。
 そこには同時多発テロを自国の国益増進のために最大限活かそうという発想さえ読み取れるのである。
 まず、昨年の9月11日直後には「テロ事件のテレビ放映は2分以内」と厳しい報道管制を敷いた。
 その上で、国内のイスラム教分離独立勢力を取り締まるために、最新鋭戦闘機スホーイ27を新疆ウイグル自治区に派遣するなど軍事対応を強めたのである。
 一方、上海のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)総会を利用し、テロ対策ではアメリカと協力する姿勢を巧みに演出し、WTOの加盟を確実なものとした。
 2002年早々には、それまで保有していた大量のマルクやフランをユーロに替えたのみならず、保有するドルもユーロに替える動きを見せている。
 アメリカのドル支配に対する挑戦とも受け止めることが出来る動きである。
 ブッシュ政権はクリントン時代と違って、当初は中国を「最大の脅威」と見なす姿勢を取っていた。
 しかし、9月11日を境に、状況は一変したのである。
 かつての人権問題をからめた中国政府は影をひそめるようになった。
 アフガニスタンと国境を接する中国を対テロ包囲網に招き入れたいアメリカは、対中融和政策にギアチェンジした。
 同時多発テロの直前に発表されたラムズフェルド国防長官の軍事戦略報告を見ると、海南島上空での米中軍用機接触事故を受け、アメリカは中国を最も危険な存在だと分析していた。
 ところが、アメリカを襲ったテロ事件は米中両国の関係を一気に強化する作用を果たした。
 もちろんその底流には米中両国の経済面における相互依存の深まりがあることは言うまでもない。
 その流れを加速する上で、いわゆる「ニュー・チャイナ・ロビー」と呼ばれる在米中国企業や中国ビジネスに熱心なアメリカ企業の存在は無視できないものとなっている。
 米中経済協議会には500社近い大手企業が加盟するまでになった。
 例えば、中国銀行は、カリフォルニアのロサンゼルスを手始めに米銀の買収を進めている。
 また、人民解放軍のフロント企業は、ITバブルの崩壊で倒産したアメリカの中小企業の買収に熱心に取り組んでいる。
 キッシンジャー元国務長官やヘイグ元国務長官のように現役時代のパイプを活かし、対中ビジネスのコンサルタント業として活躍する元政府高官も多い。
 中国政府がアメリカで雇っている広報会社、法律事務所などのロビー活動費用はかつての「影響力の代理人・日本」を彷彿させる勢いである。
 一方、マイクロソフト、モトローラ、ヒューレット・パッカード、ゼネラル・モーターズなどアメリカの大手企業が続々と中国に研究や製造販売拠点を設けるようになった。
 保険大手のニューヨークライフは「2001年は中国の年であった」と総括するほど。
 フェデックスのスミス会長にいたっては、
 「9月11日のテロ以降、中国とアメリカは過去の対立関係を乗り越えた。これからは運命共同体である」とまで宣言している。
 アメリカをここまで「中国寄り」にした背景には、無論、プロパガンダに長けた中国ロビ−の活動がある。
 なかでも、天安門事件以来、中国の人権弾圧などに反対する米国世論が強まるたび、米中関係を修復するべく巧みに動いてきた在米華僑グループ「百人委員会」は、その代表的な団体だ。
 メンバーは非公開だが、アメリカで成功を収めた華僑のリーダーたちで構成され、その人脈は、政治、経済、芸術ほか、あらゆる分野にわたっている。
 中国系では全米で初めて州知事になったワシントン州のギャリー・ロック氏、ルーブル美術館の「ピラミッド」を手掛けたことでも有名な世界的建築家のI・M・ペイ氏、日本でも人気のチェリスト、ヨーヨー・マ氏ほか、そうそうたるメンバーが顔緒を並べている。
 彼らは、米中関係を悪化させる事件が起こるたび、「求同存異(互いの違いを尊重しながら理解を求める)」を掲げ、水面下で広報活動を行ってきた。
 クリントン前大統領に「訪中前に抱いていたイメージがまったく一新した。このような経済的発展を成し遂げた現在の中国指導部には敬意を表する」とスピーチさせたのも、「百人委員会」メンバーのシナリオではないかとさえいわれた。
 こうした、経済力、コネクションをそろえ、北京政府ともつながりのある中国系ロビー団体は、他にも多数存在している。
 「ザ・レイプ・オブ・南京」(アイリス・チャン著)は98年の出版と同時に、全米のチャイナタウンで講演会が開かれた。
 こうしたイベントを企画し、アイリス・チャン女史を一躍ベストセラー作家に押し上げたのは、「アジアにおける第二次世界大戦の歴史を保存するための世界連盟」なる団体だが、他にも当時彼女の周囲にいた団体のほとんどが、中国政府の反日工作の拠点となった組織だった。
 なかでも、その後の「日の丸・君が代の国旗国家制定反対」など、キャンペーンの中心となった「太平洋文化財団」にいたっては、中国とアメリカの諜報機関が協力して作りあげた広報活動組織らしいとさえいわれた。
 残念ながら、こうした巧妙な「日本攻撃キャンペーン」、そして国際社会における「宣伝」の重要性に日本が気づかないうちに、アメリカにおいては、中国が描くシナリオが「圧勝」を収めつつある。
 さらに、アメリカには中国から非合法な政治献金を受けている政治家、多額のワイロを受け取っているジャーナリスト、そして中国の内部事情と引き換えに好意的な論文を発表する学者など、チャイナ・マネーに汚染されているオピニオンリーダーもいる。
 クリントン時代に違法献金で物議をかもした実業家のチャーリー・トリーやジョニー・ホワンなどはまさに氷山の一角であろう。
 最近、中国政府はアメリカの軍需産業と協力して、鉛製の拳銃をタングステン製に替えることに成功した。
 鉛は有毒物質で環境に悪いというキャンペーンを張り、カリフォルニアにある兵器工場が中国から輸入するタングステンで銃弾を製造するように仕向けたのである。
 この仕組みを考えたのは、中国タングステンの輸出代理権を持ち、クリントン前大統領へ多額の政治献金を行ってきたマーク・リッチ・インターナショナル社。
 「ニュー・チャイナ・ロビー」の代表的企業である。
 合法、非合法を問わず、彼らの熱心な広報活動の結果、アメリカでは「統計の取り方次第では、中国はすでに世界第2位の経済大国」といった受け止め方が一般化するまでになったのである。

「世界の100円ショップ」に日本は呑み込まれるのか

 アメリカの新中派の経済学者たちによれば、中国経済の強みは海外市場への異存度の低さにある。
 諸外国が経済不況に四苦八苦している時にも、中国は成長を続ける国内市場を頼りにGDPを増やすことができた。
 加えて、13億とも14億ともいわれる人口、平均賃金年8000ドルという安価な労働力。
 しかも、ここにきて15年越しのWTOへの加盟も決まった。
 そして、北京五輪もある。
 2008年の開催までに中国は210億ドルの予算を投じて、国内のインフラを整備に万全を期すという。
 だがWTOの加盟は諸刃の剣となる可能性もある。
 中国に詳しい弁護士、ゴードン・チャン氏のように「WTO加盟から5年以内に中国共産党は政権の座から落ち、中国の崩壊が始まる」と予測する者もいる。
 他方、アメリカの中国専門家の中には「中国は国家をあげて100円ショップ大国を目指す。このままいけば、日本やアジアの国々をすべて蹴散らし呑み込んでしまう」と予測するアル・ウィルヘルムのようなアナリストもいる。
 いずれのシナリオも日本にとっては悩ましい限りである。
 いかにして中国との共存共栄を図るか、わが国とすれば最大限の知恵を絞る必要に迫られていると言えよう。
 お互い謙虚に理解しあう姿勢で、共同プロジェクトを進めるべきであろう。
 ただ、その際、決して相手のプロパガンダに惑わされてはならない。
 ましてやスキャンダルのネタを握られるような行動は厳に慎むべきである。

SAPIO」平成14(2002)年2月27日号掲載


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