巻き返し■アイリス・チャンほか「テロ後」の在米反日グループの策謀を追跡

中国政府が中国系アメリカ人の
「対日戦争責任追及」に公然と加担し始めた

小学館SAPIO「中国政府が中国系アメリカ人の「対日戦争責任追及」に公然と加担し始めた」

高濱 賛(在米ジャーナリスト)

「SAPIO」平成14(2002)年2月27日号より


 

アイリス・チャン女史らの活動はむしろ活発化している。
アイリス・チャン女史らの活発はむしろ活発化している。

 アメリカにおける対日賠償請求は、昨年9月8日の「サンフランシスコ講和50周年式典」に対する反対集会で最高潮に達した。
 この動きは、本誌昨年10月10日号で詳細に報じたが、同集会の直後に起こった同時多発テロ事件の影響でその後の動きは無視されてきた。
 しかしながら、「南京大虐殺追及」をはじめとする反日グループの動きは、同時多発テロやアフガン戦争を隠れみのにしてむしろ活発化しているようだ。
 「講和50周年式典」以後のアメリカにおける反日グループの動向を、この問題を追い続けてきた在米ジャーナリスト・高濱賛氏がレポートする。

 「9・11米東部同時多発テロ事件の発生でそれ以前の出来事はすべて忘却のかなたに追いやられてしまった」とは米コラムニストのコメントだが、確かにそんな側面がなきにしもあらずだ。
 事件発生3日前にサンフランシスコで賑々(にぎにぎ)しく行われた「講和条約署名50周年祝賀式典も、その式典粉砕を目指した日本に対する戦争責任追及の総決起大会もなにか遠い昔の話のような感すらする。
 ところが、それはあくまでも米メディアのレーダーサイトから消えてしまっただけのことで、実は対日戦争責任追及の動きは新たな重大局面に入っている。
 9・11のテロ攻撃、それに対する報復攻撃の最中、対日戦争責任追及をめぐっては3つの注目すべき動きが出ている。
 1つは対日本企業集団訴訟への米国政府の「介入」を退ける狙いで成立していた「反日付帯条項」を「テロ撲滅」を大義名分に一時的ながら議会側が取り下げたこと。
 2つ目は中国政府が公然と中国系アメリカ人団体の反日運動に加担、同団体幹部らを中国に招いて南京大虐殺、731部隊による旧日本軍の戦争犯罪追及で「共闘体制」を敷いたこと。
 そして3つ目は、対日追及は国際法上無理とする従来の連邦地裁の判決にカリフォルニア州上級裁判が真っ向から挑戦する判決を下し、日本企業にとっては法廷闘争面でも新たな暗雲が立ち込めてきたこと。
 アフガン戦争を尻目に米中の反日運動は確実に広がりを見せている。
 テロ撲滅に対するアメリカ国民の熱気が冷めた後、「時限爆弾」は再び炸裂する気配を見せている。

対テロ戦争を大義名分に削除された付帯条項

「反日グループ」の猛攻撃の対象となったサンフランシスコ講和50周年式典
「反日グループ」の猛攻撃の対象となったサンフランシスコ講和50周年式典

 ブッシュ政権は発足直後から安全保障面での具体的な日米関係強化路線を打ち出してきた。
 したがって米国内にくすぶり続ける対日戦争責任追及の動きが万一日本政府を刺激し、せっかく盛り上がりを見せ始めた日本における集団的自衛権の解釈変更に水をさしてはならないというのが基本姿勢だった。
 そこに降って湧いたようなテロ攻撃。
 在日米軍基地は反テロ戦争の遂行にとっては最重要発進基地であり、日本の兵站(へいたん)支援も極めて重要だった。
 何よりも反テロでの包囲網の構築を必要としていたブッシュ政権にとっては「選挙区の元米兵捕虜の言い分を政治活動に利用した一部議員たちの無責任な法案提出競争に議会全体が翻弄され、対日政策の足かせにするような動き」(米政府筋)に対してはいらだちを感じていたそうだ。
 特に2001年夏から秋にかけて上下院で可決成立していた2002会計年度歳出法案の付帯条項(元米兵捕虜らが日本企業に損害賠償請求訴訟を起こす際に国務省や司法省が妨害することを禁じた内容)は厄介な代物だった。
 元米兵捕虜の集団訴訟の公判に国務省や司法省から人を派遣し、日本を弁護するための交通費や雑費を予算から出すなという、いかにもしみったれた話だが、議会のコンセンサスを表す上では極めてシンボリックな付帯条項だった。
 ところが9・11テロ攻撃が起こった。
 ブッシュ政権は間髪を入れずに、この付帯条項に横槍を入れた。
 「反テロ戦争が火蓋を切った今、同盟国はもとよりロシアや中国にも協力を求めている。
 日本にも兵站(HP作者注・補給の意味)面でやってもらわねばならないことがあるし、小泉政権も非常事態に対処するための法案を国会に緊急上程している。
 その折にこの種の付帯条項をつけることは極めてマイナスだ。
 歳出法案の早期成立も焦眉の急だ。
 リーダーシップを発揮して欲しい」(国務省高官)
 さらにフォーリー(元下院議長)、モンデール(元副大統領)といった大物駐日大使経験者も動いた。
 日系のイノウエ上院議員らも同付帯条項挿入に奔走してきた同じく日系一年生議員のマイク・ホンダ下院議員らに積極的に働きかけた。
 反テロ一色の米国内でテロ撲滅に反対することがどういうことか、テロ包囲網を構築するのを妨害することがどういうことか、「反日議員たち」もわからぬはずはない。
 結局、11月中旬、両院協議会は付帯条項について「反テロの国際的支持構築に不利益をもたらす行政府の見解を理解する」として削除を決定した。
 ワシントンのロビイストの一人は、「語弊はあるが、まさにテロ様々といった感じだった。ただこれはあくまでテロとの戦いを優先させるという大義名分があったからで、アフガンでのテロ退治が一段落すれば、またぞろ浮上する可能性は十分ある。
 少なくとも下院はこの付帯条項を395対33の大差で可決していることは忘れてはならない」と述べている。

連邦地裁と州上級裁では対日賠償で対象的な判決

対日賠償裁判の中心的存在、バリー・フィッシャー弁護士
対日賠償裁判の中心的存在、バリー・フィッシャー弁護士

 9・11テロ攻撃は対日戦争追及を展開してきた元米兵捕虜、中国系反日活動家、韓国人元慰安婦たちにとってはショックだった。
 これまでメディアを巧みに使いながら、反日気運を盛り上げてきた連中には一時挫折感が走った。
 メディアでもすっかり無視されたからだ。
 特に2001年9月8日のサンフランシスコ講和条約署名50周年祝賀式典を機に中国系、韓国系、元米兵捕虜らが、「反日統一戦線」総結集を図った直後だけに出鼻をくじかれた格好だった。
 ところが捨てる神あれば、拾う神あり。
 これまで米国内の中国系アメリカ人(といってもその多くは中国生まれで、米国に帰化した一世だが)の対日戦争責任追及を背後から支援してきた中国がいよいよ、これから中国系団体との共闘に踏み切ったのだ。
 「抗日戦争史實維護聯合會」(Aliance for Perservering the Truth of Sino-Japan War)の今年の1月23日付プレス・リリースによれば、2月9、10両日、上海のEast China University of Politics and Law(華東政法大学)と同聯合会との共催で「第2次大戦の補償問題に関する国際法律会議」が開かれ、アメリカからは同会の中国系幹部らのほか、日本企業を相手取った集団訴訟原告団のバリー・フィッシャー弁護士らも参加する。
 一行は「侵華日軍南京大屠殺遇難紀念館」を訪れるほか、731部隊による人体実験や生物細菌化学兵器実験の実態についても現地調査したいとしている。
 これまで米国内や日本国内で中国系反日集会に中国外交官が顔を見せたことはあるが、中国国内で開かれる反日集会に中国系アメリカ人活動家を招くのは初めてだし、これまで中国とのコネクションを公に認めようとしなかった中国系アメリカ人が堂々と中国と共催するのも初めてなだけに、米政府関係者は注目している。
 中国としては、教科書問題や小泉首相の靖国神社参拝など日本側の一連の動きに対抗、あえて米国内の反日運動を利用して「牽制」し始めたものと見られる。
 また中国系アメリカ人活動団体にとっては運動のグローバル化を狙ってあえて中国との「共闘」に踏み切ったのだろうが、米国内に立ち込めている「反中ムード」を考えると、両刃の剣とも言えそうだ。
 テロ撲滅一色に染まっているアメリカで、中国系反日活動家たちを勇気付けたのが、カリフォルニア州上級裁がテロ攻撃の5日後の9月16日、下した「ドラマティックで歴史的な判決」(フィッシャー弁護士)だ。
 これまで連邦地裁が下していた判決は、サンフランシスコ講和条約14条B項を根拠にした「日本政府および日本国民の賠償責任はすでに免責されており、原告に訴訟する権利は無い」というものだった。
 特に2000年9月21日にサンフランシスコ連邦地裁のヴォーン・ウォーカー判事が元米兵捕虜に下した判決が1つのモメンタム(はずみ)になっていた。
 ところが9月16日、カリフォルニア州上級裁判でピーター・リットマン(Peter Lichtman)判事は、韓国系アメリカ人で戦時中、小野セメントに強制労働を強いられた原告に対して「サンフランシスコ講和条約締結時に連合国国民でないものに同条件は適用されない」との判決を下した。
 この裁判は、戦時中、法政大学の学生だった原告(当時は韓国人)、チョン・ジェウォン氏が99年9月、「カリフォルニア州強制労働賠償法(通称Slave Labor Law=第2次大戦中、日本の支配地域で強制労働させられた元米兵捕虜や第三国人の労働者が日本企業に賠償訴訟を起こすことを認める法律)」をタテに戦時中の強制労働をめぐる賃金払いと損害賠償を求めたものだ。
 リットマン判事はこの判決理由として次の4点を指摘した。

(1)連邦地裁の判決は、カリフォルニア州の強制労働賠償法を無効にするものである。

(2)連邦政府はナチスによるホロコースト補償裁判では中立的立場を取り続けたのに対し、日本の戦争犯罪謝罪補償問題では日本の肩を持つのは不公平ではなく、州裁判所はこの政府の対応には納得できない。

(3)連邦地裁はカリフォルニア州の強制労働賠償法は外交政策に関する連邦政府の権限に挑戦するものだとの誤った判断を下しているが、この是非は連邦下級裁判所が州法についてとやかく言う権限はない。
 連邦政府当局者はカリフォルニア州の賠償法は違憲との見解を示しているが、これも誤りである。
 同法はいかなる国家を対象にしたもので、ましてや日米間の外交政策とは無関係な法律である。

(4)原告は、米政府がサンフランシスコ講和条約に署名した時点では米市民ではなく、同条約第4項(a)で規定されている「連合国およびその国民」には該当しない。
 したがって韓国人は同条件の対象とはならない。

昨年9月の反「サンフランシスコ講和」集会(左から2人目がアイリス・チャン女史)
昨年9月の反「サンフランシスコ講和」集会(左から2人目がアイリス・チャン女史)

 興味深いのは、このリットマン判決の3日後の9月19日には、ウォーカー判事は元韓国籍の原告に対し、再びサンフランシスコ講和条約の免責を適用、請求を却下、リットマン判事に真っ向から反発していることだ。
 「連邦地裁vs州上級裁の抗争」ととらえると、日本では連邦裁の方が上、と考えがちだが、被告が企業活動をやっているのは、あくまでもカリフォルニア州。
 そこにれっきとした州法がある以上、州裁の決定は連邦裁より優先されるケースすらある。
 州控訴裁でリットマン判事の「新解釈」にどのような見解を示すか。
 究極的には連邦最高裁の判断を仰ぐところまで行くのか。
 州強制労働賠償法の期限は2010年までと長期戦が予想される。
 またニューヨーク、ロードアイランド各州でも同じような州法は成立しており、全米的な広がりも出てきそうだ。

連邦地裁と州上級裁では対日賠償で対象的な判決

 反日気運をここまで高めた「ザ・レイプ・オブ・南京」の著者、アイリス・チャン氏も活動範囲を広げている。
 すでに東部を中心とする米論壇でも認められ、南京大虐殺問題だけにとどまらず、日米関係でも何か起こると米メディアに登場している。
 沖縄のレイプ事件で米兵が沖縄県警に逮捕された2001年7月には、「ロサンジェルス・タイムズ」(2001年7月31日付)に前述のフィッシャー弁護士との連名で論文を寄稿。
 「日本は第2次世界大戦中に多くの中国人、韓国人女性をレイプしていながら一切謝罪すらしていないにも拘わらず、1人の沖縄人女性が暴行されると逮捕すると騒ぎ立て、米政府も受け入れている」と指摘。
 さらに昨年末、上下両院で可決成立していた2002年会計年度歳出法案付帯条項がホワイトハウスの反対で削除されたのを知るや、「ニューヨーク・タイムズ」(2001年12月24日付)に投稿、「パール・ハーバーで戦死した米兵のことは忘れぬと言いながら、戦時中日本企業に強制的労働をさせられた元米兵捕虜の損害賠償をブロックするブッシュ大統領のダブルスタンダードは許し難い」と批判したりしている。
 米インテリ層への影響力は絶大だと言われるだけに、チャン氏の発言は今後も反日運動にとっては大きな役割を演じそうだ。
 アフガン戦争報道一色のアメリカ。
 だが、米議会、メディア、アカデミアに浸透した中国系、韓国系の強制労働被害者、元米兵捕虜、元従軍慰安婦らによる反日闘争は立法、司法両面で着実に得点を稼ぎ始めている現実を見逃してはなるまい。(取材協力/Pacific Research Institute)

SAPIO」平成14(2002)年2月27日号掲載


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