南京大虐殺
私の本に嘘や偽りはない
アメリカで出版されて大きな衝撃を呼んだ
「ザ・レイプ・オブ・南京」の著者が日本の保守派に反論
アイリス・チャン
「NEWSWEEK」平成10(1998)年7月22日号より
6月12日、私は悪名を得た。
東京で、私を嘘つき呼ばわりするための記者会見が開かれたのだ。
会見に臨んだ6人の日本人学者は、私の著書「ザ・レイプ・オブ・南京」The Rape
of Nanking を信じるな、あの本は「このうえなくひどい嘘」だと語った。
「ザ・レイプ・オブ・南京」は嘘などではない。
この本は、史上有数の残虐行為について記したものであり、記録と証言で構成されている。
生き延びた中国人と残虐行為に加担した日本兵、それに当時現地にいた外国人が語り残した生々しい目撃談に基づくものだ。
1937(昭和12)年12月13日、日本軍は当時の中国の首都・南京に入城した。
その後数週間にわたり、日本兵は何万人もの女性をレイプし、数十万人の民間人を殺した。
子供も例外ではなく、日本兵は赤ん坊を銃剣で突き刺し、妊婦の腹を切り裂いた。
犠牲者は30万人以上とする説が多い。
広島と長崎の原爆による死者を上回る数だ。
日本こそ究極の犠牲者?
「犠牲者は30万人」―南京の大虐殺記念館で |
だが、前述の学者たちは、こうした裏づけを無視したがっている。
記者会見の配布資料の中で神奈川大学教授の小山和伸は、「アイリス・チャンには何か魂胆がある」と書いている。
獨協大学教授の中村粲は、幼児を銃剣で刺すのは「中国古来の子殺しの方法の1つ」であり、日本兵の仕業ではありえないとの自説を披露した。
東京大学教授で自由主義史観研究会の代表を務める藤岡信勝は、ホロコースト否定論者を彷彿とさせた。
虐殺の事実を示す一連の写真に、史実としての根拠がない注釈をつけたのである。
たとえば、日本兵に殺された市民(以前から、名前も特定されていた)の生首は、中国軍に殺された名も知れぬ馬賊のものとされた。
近年、日本の保守派は南京大虐殺を否定しようと躍起だ。
彼らによれば、日本は侵略戦争ではなく、アジアを欧米の帝国主義から解放するための聖戦を行ったのであり、広島と長崎に原爆を投下された日本こそ究極の犠牲者だという。
そうした歴史観を維持するには、南京大虐殺のような残虐行為は軽視するか全面否定するしかない。
中村によれば、南京大虐殺が国際的な関心を集め続けている背景には、中国側の「攻撃的な政治的意図」と「日本人よりも道徳的に勝る」とみられたい願望がある。
だが、これをまっとうな反論とみなすのはむずかしい。
不幸なことに、日本ではこうした「見直し論」が広まっているように見える。
5月に公開された映画「プライド―運命の瞬間」は、戦犯として絞首刑になった東条英機を英雄として描き、南京大虐殺の事実を暗に否定している。
この映画が、日本ではヒット作として観客を集めている。
4月にはアメリカで斉藤邦彦駐米大使が、私の著作を「非常に不正確で一方的」と批判した。
だが、その根拠を報道陣や人権擁護団体に問いただされると、大使は何一つ具体的材料を示せなかった。
否定できるはずがない
奇妙なことに、南京大虐殺について日本の保守派は共通の見解を持てずにいる。
虐殺などなかったという説もあれば、虐殺はあったが中国の敗残兵によるものだとする説もある。
あるいは、日本兵が民間人を虐殺したのは、民間人の服装をして潜伏した中国側の敗残兵を見分けることができなかったためだとする説もある。
南京大虐殺を歴史から消し去ろうとしているのだとしたら、それは究極の徒労だ。
なにしろそのためには、世界各地で保管されている何千ページもの史料に反論しなければならない。
アメリカ人宣教師の日記、ニュースフィルム、米海軍情報部の報告書、日本軍の日誌、南京のドイツ大使館の手紙や報告書、軍事裁判の記録、中国人生存者による1700もの証言・・・・・・。
今回学ぶべき教訓があるとすれば、こういうことだろう――――――私たちは、すべての戦争犯罪の正確な記録に世界が触れられるよう、さらなる努力をする必要がある。
スティーブン・スピルバークは、ホロコーストの生存者の証言を映像に残すという歴史的プロジェクトを実現させた。
中国系アメリカ人も同様の世界規模のプロジェクトを通して、日本の残虐行為に対する目撃証言を集まるべきだ。
そうして後世の研究者たちに豊富な史料を残せば、真実を周囲の虚構や妄想から解放できる歴史家が育つと期待できるだろう。
(筆者は中国系アメリカ人ジャーナリスト)